(続き:高校論題)プランと憲法改正の周辺
前の記事にコメントを頂戴しましたので、もう少し進めます。
>イクトスさん
コメントありがとうございました。
折角ですので、全国のディベーターと学びたい、というのが、記事作成の動機です![]()
渡辺徹さんの『プランとその周辺の諸問題 第2回「フィアットと問題解決性」』が、最も分かりやすいと思います。
>プランです。
>憲法を改正して、参議院を廃止します。
>じゃ、だめなんですかね?
>憲法改正が難しいことはわかりますけど、だからメリットは発生しない」ではだめだと思います。
順を追って考えます。
<1> 憲法を変えずに一院制にする方法はないのでしょうか?
うちの生徒たちも、いろいろリサーチしています。
(今のところ無理なのかな、と思っていますが)
<2> ディベートの試合が始まった段階において、「憲法が改正されて一院制が実現する」と【仮定される】ことを「フィアット」と言うのですよね。
ですから、イクトスさんがおっしゃることは、分かっております。
しかし、「メリットは発生する」とも言い切れませんよね。
>逆に「一度憲法を改正したら、次々と改正されていってしまう」といったことを言いたいのなら、デメリットで出せばいいだけですし。
<3> 否定側のデメリットが「一院制になれば悪いことが起きる」という形のデメリットなら、「憲法が改正される」という【仮定】を共有していますので、憲法改正というプランについて争われませんから、それはそれでいいと思います![]()
<4> それでも、プランの「実行可能性」について争おうとする否定側チームがいると予想されます。
ですから、肯定側には準備が必要だと思います![]()
徹さんの文章にも「「フィアットがあれば、どんなプランも実行可能になる」ですとか、「プランがそう言っているので、フィアットにより実行できる」と勘違いする向きがあるので、誤解のないように注意してください(フィアットは、不可能を可能にする「魔法」じゃありませんから・・・)。」とありますので、助言通りに注意すべきだと思います![]()
ただ、今回の高校論題の場合、否定側の方こそ「プランは実行できない」と主張するのに、相当困難な準備が必要だろうと思います。例えば、いわゆる「国民投票法」のどの部分に実現不可能なポイントがあるのか、また、その理由を証拠資料を用いて立証する必要が、恐らくあるかと思われます。
<5> 否定側から「憲法改正に伴うデメリット」が出された時には、ディベートの中で争って下さい![]()
そのようなデメリットが出される可能性もあるので、肯定側には準備が必要だと思います![]()
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肯定側は勿論、「参議院を廃止して、国会を一院制にする」ことのメリットを考えると思うのですが、その際、実は国を劇的に変えて一院制にしている、という認識が大事だと思った次第です・・・というより、今回は私以上に、生徒たち&既に大学生になったOB達が、「国にとって一大事だ」ということを指摘してきました。
教室ディベートは教育的であるべきだと思いますので、ここはみんなで、憲法改正とは何ぞや、ということも含めて論題について考えることができれば、生徒たちに対して教育効果がありそうな気がしています![]()
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コメント
お二人が書かれている内容と同じですが・・・
【憲法を改正し、一院制とします】
という肯定側のプランに対して(これはまだ曖昧すぎる気もしますが、ディベート甲子園の議論で成り立たないレベルではないでしょう)反論の仕方としては以下のようになるでしょう。
1.日本は憲法改正をしない
× これはフィアットに抵触する議論ですから、無効な反論です
2.憲法改正は現実的に不可能である
○ これは可能な議論です。但し、不可能であるという証明をしなければなりません。理論的には証明責任は肯定側にありますが、一般常識として、法改正をする手続きに困難性はありませんから、多くのジャッジは可能であるということを妥当な前提とするのではないでしょうか。
3.一度憲法を改正すると、歯止めが利かなくなる
○ これは可能な議論です。但し、その論証を否定側がしなければなりません。今度は理論的にも、立証責任が否定側に回ります。個人的には、これはかなりの暴論で、証明は難しいものと思います。否定側は「歯止めが利かない」「悪い方向に進む」という二つの点を証明する必要があります。私が肯定側であれば「歯止めはできる。それは全く別の議論であり、是々非々で判断すれば良い」「憲法改正はdue processが保証されているのだから、否定側のいう通り、次々と改正される事態が起こったとしてもそれはむしろ国民の望みが実現することになり、メリットである」といった反論をするでしょう。特に後者が強力だと思います。
個人的には、憲法論議と一院制というテーマは別の問題だと思います。憲法というのは国家の基本法ですが、同時に法律というのは手段でしかあり得ないわけですから。
むしろ一院制ということを突き詰めて行くと、民意の反映という曖昧模糊とした概念の実態は何なのか、自己責任やパターナリズム、意見と良識といった考え方に踏み込んでいくことになると思いますが、そうした民主主義の原理を問うていく探求が面白いのではないかと感じます。
全く別ですが、先々週のTIME誌の表紙は、民主党の小沢代表でした。「Mr.Ozawaは準備ができているが、日本は彼に対する準備ができているのか?」という意味のタイトルがつけられた記事で、政治資金規制法違反の問題も取り上げながら論じられていました。そのなかで衆議院の英訳が「Lower Congress」となっていたのが印象的でした。
投稿: masashi | 2009.03.28 16:33
masashiさん、コメントありがとうございました。
>個人的には、憲法論議と一院制というテーマは別の問題だと思います。
僕も最初はそう思っていたんです。
この話題、倫理・政経を習いたての高1の生徒が、まず強く主張し始めました。最初私は、彼の話をmasashiさんのように聞いていたのですが、大学生のOBが2人来て、2人とも高1の彼と同様のことを言ってきました。複数の人が同じ方向の主張をするので「そこに何があるの?」と、OBにその根拠について聞いて、議論しました。
そもそも、もしも憲法を変える作業をする、となると、国内的には一大行事になる、はずですよね?
一院制の実現に憲法改正が避けては通れないとなると、一大行事を切り離せない訳ですから、別の問題であるとしても、同時に考慮する必要がそこにある、と今は考えてます。
もちろん「それを扱わない」という選択肢もあります( 3 で述べました)
でもやっぱり、一大行事になることを軽視しない方がいいと思うのです。教育的にも。
投稿: NAKO-P | 2009.03.28 23:57
「憲法改正が、実は一大事ではない」ということを教えることも、また、教育的なのではないでしょうか。世界的に見れば、少なくとも日本に比べれば憲法ないし基本法改正は、頻繁に行われています。
例えば、
10回以上
イタリア
アメリカ
50回以上
ドイツ
100回以上
メキシコ
スイス
フランス、韓国は回数は少ないが大幅な書き換え。
投稿: とおりすがり | 2009.04.06 12:52