2009.11.11

授業で使いたかったあの番組の…

同僚の先生の車で出張に行く途中の話でした。

「好きで見ていたんですよ、『トリビアの泉』。その中で「トリビアの種」ってコーナーがあって、そこで見た実験が、学校でできるものじゃないんですよ。『トリビアの泉』は好きでしたが、ビデオに録画しながら見るほどでもなかったので、見ただけなんですが、その実験の様子は授業で使えたらなぁって…」

「『You Tube』にあるんじゃないんですか?」

をを、ナイスアイディア!

そして、あったんです!

http://www.youtube.com/watch?v=oXnoxsD1az8&feature=PlayList&p=3D37C537E73611BC&index=2

 これはどこかのタイミングで、「相対速度」の理解を深めてもらうべく、活用させて頂きます!

~~~~~

今回の記事が良かったなら
にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ
↑のバナーをクリックして下さいm(_ _)m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.11.08

昇格!

 まさか、教会のバザーでサッカー観戦に行けない日に、他の2チームの結果という条件をクリアして昇格を確定させるとは!

 教会の中庭で、牧師先生からお借りしたラジオを抱きしめながら昇格の雄たけびを上げたではないですか!

 ミニシアターでは「オーシャンゼリゼ」を、混成合唱したじゃないですか!

 「昇格記念の幸せのわたあめ」を10円で振舞ったじゃないですか!

 ・・・前回の京都の時、現地で見ました。
   大分の降格の時も、現地で見ました。

  うーん、現地で見届けて、大勢のサポーターと共に喜びを爆発させたかったなぁ。

 でも、素直に昇格を喜びます。

続きを読む "昇格!"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009.11.01

主張が先か、資料が先か…実は!

 Clown君、コメントありがとう!
 先日は僕も貴重な経験ができました。
 まさに先に書いた「“楽しいディベート体験”をどうつくるのか」を実践してくれましたね。

 Clown君がこんな形で成長するとは、と驚きでした!
 歴代の先輩達もそうでしたが、高校を卒業すると、視野が広がるのでしょうね。より深い理解に基づいた発言や企画などから、成長が垣間見られるなぁ、と、先輩達の幾人から感じました。

 さて、興味深い発言がありましたので、是非整理させてもらいたいと思いました。

>選手たちが「主張あっての資料」でなく「資料あっての主張」となっており、逆だなと思ってしまいます。

 この段落の出だしは「ネットに頼りすぎてる」ということで、Web資料の使い方についてでした。
 「資料あっての主張」というのが、「文の書き方がいかにも合っているから、という点で表面しか見ていない」ということを意味しているのを理解し、確かに同様に問題だと思っていることを表明した上で敢えて。

 では逆に「先に主張があればいいか」とも言えず、むしろ困るケースがある、というのが、部員達を見ていての感想です。

 部員達はディベートの打ち合わせの場面でさえも、往々にして「~~となると思います。」と主張するのですが、聞いていて「それって何を根拠に、そう断言する?」ということが分からないのです。

 “先なる主張”が、「(単なる)思いつき」や「(個人的な)思い込み」では、ディベートの論証とは程遠い方向に議論が進みます

 もちろん、「こうなるのではないか?」という推測を、全て切り捨てる訳ではありません。

 ・・・分かりますか?

 「意見が先」でも、「資料が先」でもなくまずは《 事実が先 》だと思うのです。

 現状を知らずに主張だけが先にあっても、ディベート的には困るということは、Clown君なら当然分かってくれると思います。どうしても「(単なる)思いつき」や「(個人的な)思い込み」に陥りますから。

 ・・・ところがこのことを「そうですよねぇ」と言えるまでには、中高生にとっては結構時間がかかるようです(-_-;)
 誰もが自分の主張の不備を”主観的”には気づきにくいから、なのかも知れません。
 Clown君だって、最初からうまくできていた訳ではないですよね?

 それから、今の中1のように、「意見がない」(=経験も予備知識もないから、意見の出しようがない)場合には、やはり、

・本を読むなど、現状を把握する

・事実に基づいて、意見を構築する

・資料がある内容をベースに立論を作成する

⇒「資料あっての主張」となってしまう

のは仕方がないと思います。
 ですが、ここで留まってはダメなのです。
 それはClown君が言っているように

>バラバラの出典の資料を一つの立論に組み込んで一つの主張を通すのは、大変難しいですが、それができたときほど感動は大きい

と、ここまで持っていってあげる指導が必要です。

 ここで、指導者の力量が問われます
 中高生は、バラバラの出典の資料を一つの立論にまとめます。
 その、資料同士の関連性、主張の首尾一貫性を、誰がチェックするのか、ということです。

〔試合を用いる場合〕
 勝敗は相対的なものなので、相手が更にまずい立論だった場合、自らの議論に落ち度があっても勝ってしまいますので、問題に気づかず、むしろ「正しかったから勝てたんだ」と、勘違いしてしまいます。

〔指導者やOBOGが指導する場合〕
 指導者やOBOGも完璧ではありませんので、不備を指摘できない可能性があります。
 更には、指導者・OBOGと、本人との人間関係が問題となりまして、不備の指摘を理解して受け入れてくれるかどうかは、中高生が他人の話をどの程度受け入れる器量を持っているか、ということに関わります。

 ・・・結局として、現在のディベート界では、かなりの確率で、主張の不備がスルーされているのではないかと思っています。

 由々しき問題です!

 この問題の解決に向かわせるキーワードは「相互のクリティカルシンキング」です。
 まずは鵜呑みにせず、主張が事実に基づいているのか、というのを互いにチェックする姿勢を、ディベート界に関わる全ての人が大切にすることかと思います。

 ただ、僕は何度も主張している通り、クリティカルシンキングは「批判的思考」ではなく「検証的思考」だと思っていって、事実が正しいと確認できたら、ひとまずその主張もあり得ると受容する姿勢が、更に大切だと思っています。

#「何でも批判しよう」では、最後には根拠の伴わない批判に陥り、往々にして、批判する側が行き詰ると思うんです(^^ゞ
#また、受容する姿勢が小さい人がいても、全体的な事の円滑さを失わせるので、結構困るものだと、思っています(^^ゞ

 ・・・とにもかくにも、ディベート界は、まだまだ発展途上です。
 引き続きOBとして、まずは自己向上を、そして、後輩の指導も、よろしくお願いしますm(__)m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

用事があるなら部活を休んでもいい。が、しかし…

 30日(金)は、中1の彼に「昨日、学校の図書館から借りた本、読んだ?」と聞いてみます。
 「まだ読めてません」とのこと。

20091101014308 そこで、「それなら、(安易に路線変更をせず)まずは昨日借りた本を読むところから始めよう。折角本を読むなら、読んだ内容を上手に思い出せるように、付せんを貼りながら読むんだよ。肯定側に関係する内容なら“青信号の青”の付せん、否定側なら“赤信号の赤”どっちに関係するか分からないけど、大事そうな内容のところには、もう一色別な色の付せんを貼るんだよ」と、僕がこの作業をするときに使用している付せんを実際に見せて(中学生には「実際に見せる」ことが大切!)、「まずは付せんを買ってこよう。それから、学校から借りた本を読んでみてね。次に何をするのか指示をするから、31(土)の放課後に部活をしよう」と言いました。

 というのも、毎週金曜日の僕は高2の物理講習の日で、彼の相手ができないからなんです。
 「今日は部活動はなしね」と、たまに休んでくれ~みたいな感じで言いました。

 この時に、木曜日に本を借りたことは内緒にしておきました。
 自分で学校から借りた本を読んでない段階だというのに「こっちの本の方が論題に適しているよ」と助言するのは、不当に介入している形になると思ったからです。

-----

 すると土曜日の朝になって「用事が出来てしまい、今日部活に出られなくなりました」というメールが来ました。

 元々長く部活動をするつもりはなかったのですが、彼のクラスに行って、話をしました。

「学校の図書館から借りた本、読んだ?」
「…まだです。」

 ・・・民事法上の時効は、中1にとっては難易度も高そうだし(^^ゞ
   読むには至らないんだろうな、と判断。

「今日部活ができないのは構わないんだけど、週末の月曜日までに、本を読む時間はあるかな?」
「はい、あります。」

 ・・・をを、そうか。「ある」って言ったねcoldsweats01

「実は先日話をした本、借りてきているんだよ。こっちの方が重大事件の時効に関する本で、論題に直接関係しているし、中学生でも読みやすい本だと思うから、こっちから読んでごらん?」
「分かりました」と、彼はその本を手に取ります。

#ちなみに仙台市図書館へは、団体登録をしてあります(^^)v

「ただ先日、3色の付せんを貼りながら本を読みなさいって言ったよね。本を読む前に付せんを買いに行って欲しいんだけど、できるかな?」
「はい、分かりました」
「よし、じゃあ、『付せんを買う』ことと『付せんを貼りながら本を読む』ことを約束に、今日は帰っていいからねhappy01

-----

 他校の生徒は分かりませんが、本校の中学生を見るに、勉強やそのほか家庭のことなど、結構忙しい、というか、部活に打ち込める時間はそう多くはないのです。

 ディベートにどっぷり浸かっている先輩方には、この現場の中高生の動きや、中高生が抱えている物事の多さ(テスト対策など勉強を科せられている様子など)は理解できていないんじゃないかなぁ、とか思うんですがどうでしょうか?

 「ディベートをするなら、本を読むなど、準備に時間を割くのは当たり前」と思う方が多いでしょうが、まだそのことが当たり前ではない中高生に対して「準備に時間を割くのは当たり前なんだよ」と理解してもらうにはどうしたらいいか、ということを考えてみて下さい

 「勉強しなければ理解できるはずがない」といったことは、至極当たり前のことではあるのですが、僕は更に、高校生だったらそれくらい気付けよ、と思うのですが、どうも中学1~2年生にとっては、まだ当たり前じゃなさそうなんですよdespair。これが、発達段階と関係しているような気がしているんです。

 この当たり前のことにどうやったら気付いてもらえるのかと言うと、結局は「準備しないでディベートに臨んでもうまくいかない」という、失敗経験から学ぶしかないような気もします。
 この手の失敗は、やっぱり、中高生には結構深い心の傷となります。

 ですがもう一つ、ディベートを継続して体験してもらい続けるためには、「楽しくディベートができた!」という経験も大切です。
 準備の仕方が分かっていない中高生に「楽しいディベートの体験」をどう積んでもらうのか、ということが問われます

 この「楽しいディベートの体験」をどう企画するのか、というのは、後の機会に述べることにして、今回は、時間がなく、部活に参加できない彼に、顧問としてどう接するか、ということなんですが、…

続きを読む "用事があるなら部活を休んでもいい。が、しかし…"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.31

「本を借りるまで」のところで、学んでほしいこと

 これは、29日(木)の話です。
 例の中1には、本の探し方について先輩に聞くように言ったのですが、「先輩に会えない(ので本は探せてない)」とのことでした。

 …中学部長のクラスが新型インフルエンザで学級閉鎖など、今は部としての活動が機能していない状態…なのかな(^^ゞ?実は把握できていません。これから先2年は自主的な活動を「じゃ、やってごらん」という期間にしたいと考えているので(機会があれば改めて記事にします)

 そこでひとまず、昼休みに学校の図書館へ行き、司書さんに「時効に関する本がありませんか?」と聞くように指示してみました。

 放課後「司書さん、何て言ってた?」と聞いてみると…
 何故か、あいまいな返事しか返ってこないんですよ。

 ぱっと閃くんです。

「まだ図書館に行けてないんだね?」
「…はい」
「じゃあ、こうしたやりとりで時間を損するよりは、すぐに図書館へ行ってきなさい。ちなみに『事実と意見』って、やったでしょ?図書館に行ったか否かは“事実かどうか”だから、行ったか行ってないか、しかないんです。行ってないとするならば、もう仕方がないことだから、でも悪かったなと思ったら『ごめんなさい』と謝って、すぐに行ってきます、とした方がましだよね。このことは、ディベートができるかどうか、ということだけじゃなく、今後の君にとって大切なことだから、よく分かってね」

 ・・・と、ここから指導するのがディベート部の活動だと思うんです。

 「そんなことから?」と思う人がいるならば、それは「既に成長し終えた視点」なんです。
 顧問の指示を守れなかった、怒られる、どうしたらいい?という不安から解放して、望ましい行動を諭して行動させ、「成功体験を積ませる」ことが教育的な配慮・指導だと思います。

 そして図書館から帰ってきた彼は…本を抱えているんですよ!
 「をを、すげぇ」との印象。
 まずは、きちんと司書さんに「時効に関する本はありませんか?」と尋ねることができたこと、そして「本校の図書館にも時効に関する本があったのか!」と。

 ですがその本は…

続きを読む "「本を借りるまで」のところで、学んでほしいこと"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.28

まず、本を探すための情報を探せ!

 先程書いた通り中学1年の部員が2人から1人になりました。

 彼にはできれば、3年間で(=彼が高校1年になる頃)、ディベートについて理解を深めてもらいたいなぁ、と思っております。
 そのための道のりは長そうです(^^ゞ

 ディベートについて少しずつ理解を深めてもらうためのプリントを利用しつつ、あとはやはり、実践という経験を積んでもらうしかありません!ディベートはやはり、経験が大切な競技だと思います。

 そこで、この度決まった、'09東北地区【共通論題】の「日本は重大犯罪に対する時効を廃止すべきである」を用いた指導を始めました。

 以前こちらのBlogで、「論題発表後の最初の一歩は?」という問いかけをしましたが、結局中学1年生で、予備知識も何もない場合には、論題に関する本を読んでもらって、まずは予備知識を得る作業をしてもらおう、と考えました。

 このあたりは、能代高校の話を聞くなどして「やっぱり本を読むことから始めるのがいいのかなぁ」というのは、一度(2004年の段階で)考えたことはあったのです。

 で す が、

  1. 「そもそも時効に関する本って、どんなのがあるの?」ということも分からない。
    ⇒それをまず調べよう
  2. 本があったとして、その本はどこに行けば読めるの?
    ⇒図書館の蔵書検索について知ってもらおう

という作業をしてもらうことが、本を読む前段階として必要だと考えました。

 この“前段階で必要”な項目に気づき、教える順番を整えることが、カリキュラムの編纂、だと思います。
 ディベートに関して、この作業をして、広く公開して下さる方、誰かいませんかねぇ?

 今日の私は出張で、午後には学校にいませんでしたので、「(上記2点を)先輩に聞いてごらん」という指示をしました。

 出来ているかなぁ?

 出来てなければ、それを踏まえて、指導すべき内容を考えます。

~~~~~

今回の記事が良かったなら
にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ
↑のバナーをクリックして下さいm(_ _)m

| | コメント (1) | トラックバック (0)

教え(teach & study)と支援(coach & learn)

 池田先生のBlogから、貴重なタイミングで、教えを頂戴しました

 また池田先生は、2005年の段階で、指導の在り方に関する仮説を立てておられるのでした。

 今が2009年、4年も気付かずにいたのかと思うが、きっかけがなければ何かを理解することは難しいものだと、身の回りを観察したり、自分を反省したりしながら思うわけです。

-----

 ディベートの指導に関しては、「演劇主義」と呼ばれるものが批判の対象になっています。
 (具体的にはこちらをご覧下さい)

 では批判されないもの、つまり「演劇主義“ではない”」ディベート指導、とは、最終的には、自分で議論を考え、原稿等も自分の意思で自らが作成するように指導することかと思われます。

 今回、うちの高校生が、新人の中学1年生の2人を、この望ましい方向で指導していました。

 結論として、部員が1人、辞めました。

 最終的に分かったのは、辞めた部員は、本来別な夢を持っていて、その方向で歩みを始める下地が整ったということなので、最終的には円満な退部となったのですが、そこに至る途中で、双方のわだかまりを解くまでは、正直、焦りました。

 というのは、やはり、今の私たちの部活動では、新人に対して、ディベートを適切に指導できない、という現実を付きつけられた形になったからです。

 もう片方の1人が、部に残ってくれたことが、本当に有り難いことでした。

-----

 事の要因は、シンプルです。
 指導する側も、指導される側も、一生懸命だったので、双方に非がないと言えるのですが、残念ながら、互いに未熟だったことが要因だった、と思っております。

 教育では「発達段階を考慮する」ということがとても重要であることを、更に痛感したのです。

 今回は、本校OBと、「首都機能移転」についてディベートをして、後輩たちの経験を積もう、というものだったのですが、そもそも中学生に予備知識や判断能力が不足していれば「自分で考えろ」「自分の意見を出せ」と言っても、所詮無理なんです。

 教育的な視点を持っていれば、「では別な方法を」となるのですが、指導する側もまだ高校生ですから、自分の経験を元に「ディベートでは自分で考えないとダメなんだぞ!」と指摘するわけです。
 頑張っても考えが浮かばない中学1年生は行き詰るわけです。
 ディベートに取り組む意欲は一気に失せて、部活が辛いと…。

 はたから見て可哀想でした。他の部員も「想定していた幾つかの結果のうち、最も悪いものに至ってしまいましたねぇ」という感想でした。

-----

 かといって、他の部員も、「ディベート自体が嫌いでないなら、別な方法は幾つもありますよねぇ」と、アイディアはあるのです。

 それを、適切に繰り出せるのが、「教育的配慮」というものです。

 池田先生の理論では、指導の対象の様子を適切に把握し、教え(teach & study)て訓練をさせることと、自発的な要請に応じて支援(coach & learn)して伸ばすことを使い分け、学習者が混乱なく学びを深めて成長させることの必要性を、モデルで示して下さってます。

 それを「ディベートの指導」で確立するに至っていないと、私は思っています。

 「演劇主義」批判については、趣旨は理解できるのですが、残念ながらまだ一方的な見解であり、教育現場からは「そうは言ってもねぇ」という受け取りしかされていないのではないかと思われます。
 それは「批判が成功していない」状態と判断します。

 特に小中学生のような、発達段階を考慮する必要のある児童・生徒を対象とした、望ましい「ディベートの指導法」を確立させなくてはならないのかな、と思います。

 僕も今までのノウハウをいったん整理し、体系的なディベート指導法の提示を一回する時期なのだろうと思っているんです。時間とエネルギーをその方向に割きたいところです。

~~~~~

今回の記事が良かったなら
にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ
↑のバナーをクリックして下さいm(_ _)m

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.17

決定:'09【共通論題】「重大犯罪の時効廃止」

 東北ディベートネットワークでは、東北地区の中学生ディベーターのチェックを経て、更に絞った3つの論題案から、ディベートに取り組む各校とTDNメンバーからの投票により、下記の論題を'09年度の【共通論題】に選考しました。

「日本は重大犯罪に対する時効を廃止すべきである。是か非か」
※「重大犯罪」とは、死刑相当の犯罪とする。

続きを読む "決定:'09【共通論題】「重大犯罪の時効廃止」"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.10.03

祝・CS決定!>楽天

 素直に、おめでとうございます!>楽天

続きを読む "祝・CS決定!>楽天"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009.09.27

すこしはマシ(回復?)に

 都合により後半より応援。
 地下鉄の中からスタジアムを覗くと0-0で、泉中央駅から歩いている途中で「仙台レッツゴー」で時折聞こえる「わー!」って声に、スタジアム全体の声ってすげー、とか思いながら歩いていると、スタジアム最上階の人が\(^o^)/していて、大坂ともおさんの「ゴール!」って声が聞こえて、「あ、ゴール見損ねた」という感じでしたが、「ま、いっかhappy01勝ってるなら!」という感じでスタジアム入り。

 前回同様、ゴール前の詰めが甘く「あぁぁ!またゴールシーンを見せてもらえないよぉsad」という感じでしたが、勝ち点3で仙台劇場が見られて、オーラを歌えたなら良しとしましょう。
 歌いたくてもオーラが歌えなかった不遇な時期もあったじゃんなぁ、と自分に言い聞かせて。

 後半だけながらも、45分声を枯らさなかったのは成長と、自分を褒めておく!

 選手のためになる声がピッチに届けば、選手が何とかしてくれる、と信じて、またスタジアムへ足を運ぼう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«ディベートとは違った要素が…グループ討論